個展を振り返って・その1
会場での過ごし方(1999年5月4日)
9時ちょうどに家を出て、近くにある地下鉄の駅から都営三田線に乗ります。この時間だとすでに通勤ラッシュは過ぎており、車内は比較的ゆったりしているのです。今回は、都営三田線で神保町まで出て都営新宿線に乗り換えるルートを選びました。板橋から新宿へ出るには三田線&埼京線がベストですが、地下鉄とJRでは不思議と定期代が2,000円も高くなるのでやめました。また、いつも込んでいる埼京線は出来るだけ避けたかったというのも理由の一つです。
10時5分前にペンタックスフォーラムに到着します。でも僕はひとまず会場から出なければなりません。社員の方々だけの朝礼があるためです。僕は地下のドトールへ行き、180円のアメリカン・コーヒーを啜りながら、「今日は一体どんな一日になるだろうか…」としばし考えを巡らせます。
10時30分のオープンと同時に、会場には何人かのお客さんが入ります。この時間やはり多いのがサラリーマン。きっと11時のミーティングに少し早く着いてしまったので、写真展でも観て時間を潰そうかな、といった感じなのでしょう。
11時を過ぎると第1次のピークが訪れます。写真展を目的にわざわざこの会場まで足を運んでくれた人たち、ギャラリーの常連である写真愛好家の人たちで、会場内には常に15人くらい。僕はそんな方々と話をして過ごします。
やがてお客さんが途切れると、僕は急に暇になります。そこでギャラリーの隣にある証券会社の電光掲示版に目をやり、興味もないのに日経平均やNYダウの数字を読みながら視力検査をはじめるのです。「ああ、パソコンのやり過ぎでだいぶ目を悪くしてしまった。毎晩、足の裏にある目のツボをマッサージしなければいけないなあ〜」と頭の中でぼんやりと考え、暇を潰します。やがてエレベーターホールや通路は途端に騒がしくなってきます。そう、12時の昼休み。
三井ビルは50階以上もある巨大オフィスビル。よってランチタイムになると、エレベーターを使ってサラリーマンやOLが怒濤のごとく一階へおりてくるのです。これってとても新鮮な光景です。すかさず僕は視力検査から人間ウオッチングに切り替えます。今回じっくりとOLを観察し、あることに気が付きました。それは、「誰もが手にサイフを持って歩いている」ということです。
これって、実にユニークな光景です。僕は面白くて仕方がありません。だって、少なくともサイフの中には1〜2万円が入っているわけで、キャッシュカードやクレジットカードを含めると、サイフの中身はかなりのバリューになりますよね。つまりOL全員が「ここにお金がありますよ」ということを自らアピールし、東京の街を闊歩しているのです。もし海外で同じことをしたら、スリやひったくりの格好の餌食となることでしょう。日本は本当に平和な国です。
12時30分を過ぎると、会場内は急に賑やかになります。ランチを食べ終えたサラリーマンや「サイフ手に持ちOL」がわんさか入るからです。これが第2次のピーク。
1時を回るとふっと人の波が引き、会場内に再び静けさが宿ります。僕はポストカードの整理をしたり、傾いたパネルをなおしたりして時間を潰し、なおも暇な時は丸カウンターの中にいるペンタックスの女性社員と話をします。「なぜOLは手にサイフを持ってランチに出かけるのか」とか、「なぜ新宿副都心にはポカリスエットが買える自動販売機が少ないのか」とか、「なぜ東京の街には藤原紀香の写真ばかりがあふれているのか」とか、「なぜ多くの人がさんまのからくりテレビを観るのか」など、話の内容は様々。
1時40分、僕は一人で3階にある社員食堂へと移動します。もちろんサイフを手に持っての移動です。
ここはテイクアウト形式のレストラン。この時間になると人気定食はすべて売り切れていますが、僕は残り物の中からおいしそうな定食を選び、一人黙々と食べるのです。主にハンバーグ、焼き肉、カレーなどを食べましたが、中でもマグロの鉄火どんが好みでした。
日本茶を飲みながら爪楊枝でシーシーし、そして会場に戻ります。
2時を回ると、一般のお客さんの他にも友人・知人がちらほらやって来ます。立ち話をしたり、奥のテーブルでコーヒーを飲んだり。編集者と打ち合わせをしている時に限って別の編集者が来たりして……。波は一度に訪れるのです。
個展は出版界へ向けての自己アピールでもあります。誰が来るかわかならいので、いつも神経をピリピリと研ぎ澄ませていなければなりません。時には有名な写真家も訪れます。尊敬する写真家・石橋睦美氏とお会いした時は、緊張のあまり言葉が震えてしまいました。
3時半頃に最大のピークが訪れ、僕はお客さんと話をしたり、本やポストカードにサインをしたりと大忙しです。
意外なことに、夕方5時を過ぎると暇になりました。仕事を終えたサラリーマンやOLが入ると思いましたが、誰もがこれからはじまるアフターファイブのことで頭がいっぱいの様子、個展など見向きもせずに足早にビルを去って行きます。
そして6時半ぴったりに扉が閉まり、最後のお客さんが会場を出るのを待って、「お疲れさまでした」となるのです。
夜は普段会えない友達と合流し、一緒に食べたり飲んだりして過ごしましたが、ほとんどの日は新宿発7時21分の電車に乗り、週刊誌を読みながら真っ直ぐ家に帰りました。僕はまじめなサラリーマンを演じたのです。

以上、これが個展期間中の一日の平均的なスタイルでした。
しかし、日を重ねるごとに入場者数が多くなり、僕はランチを取る暇もないほど大忙し。そして最終日は人で溢れ大変なことになりました。皆様にはご迷惑をおかけしました。
たくさんのお手紙やE-mail、ありがとうございます。こちらから返事をすることが出来ず、本当に申し訳ありません。でもすべてに目を通しており、皆様方の貴重なご意見とご感想は、今後の写真集作りに大いに参考にさせていただきます。