渋谷の街で考える(1999年2月15日)
先日、ポジフィルム引き渡しの仕事があったため、この僕には最も不釣り合いな場所「渋谷109」の前でデザイナーと待ち合わせをしました。(注・地方の皆さんへ、「渋谷109」というのは結構有名な待ち合わせ場所。近くに「渋谷センター街」というのがあり、よくテレビで、俗塵にまみれた女子高生の映像が流れますが、それはこの付近で撮影しているのです)
その間、女子高生の姿が嫌でも目に飛び込んでくるわけですが、彼女たち、自分のケータイを何やら真剣に見つめているのです。携帯を持つ喜びに浸っているのだろうか…と推測しましたが、どうやら違うらしい。やがて僕は、皆ディスプレイに流れてくる文字を読んでいる、ということに気がつきました。
何か一つものが増えると、必ず時間も犠牲になります。今の時代、日常生活の中でものが溢れています。例えば僕の仕事部屋をとってみても、昔は電話だけでしたが、やがてテレビとビデオが入り、ミニコンポが入り、ファックスが入り、パソコンが入り、携帯電話(解約したけど)が入り、3倍にも4倍にもものが膨れ上がりました。
特にパソコンとテレビゲーム(僕は持っていない)には、長〜い時間が奪われます。つまり、本や雑誌が売れないということには、本を読んでいる時間がない、ということにも少なからず原因があるのです。
もしこの世の娯楽が本だけだとしたら、きっとここで待ち合わせをしている女子高生たちも本を読んでいると思うし、彼女たちが「それって、ジジイが読む本じゃん」と言う岩波新書や文春新書だって、2,3人は手にしていると思う。
いま日本で「本の虫」というのは死語になりつつある言葉です。が、カナダは違う。カナダに住む多くの日本人は本の虫です。(僕は違うけど)
きっと他にすることがないからでしょう。特に駐在員の主婦がすごい読書家です。皆、面白い本が日本の友達から届くと奪い合い。ホームパーティーの時も、「はい、これ読んじゃったから次ぎいいよ」というやり取りが必ずあるのです。
『アメリカの巨大オンライン書店「アマゾン・コム」上陸間近、日本の出版界震撼』なんてニュースをどこかで目にしましたが、僕は、どうして? と首を傾げたくなってしまいます。出版界までもがアメリカナイズされていく、なんて悲観的な見方をせず、このユニークなアメリカを積極的に受け入れていいと思うのです。日本の若者は、「アメリカ」というものに弱いから、すでに現存するどこそこの書店のオンラインサービスよりも数倍も注目すると思うし、きっとそれが本の売上に繋がるはず。また、国内と海外とで本の価格差がなくなれば、海外からの注文だって増えることでしょう。それに加え、オンライン・ショッピングという実に味気ない世界に浸るからこそ、トム・ハンクスの大型書店やメグ・ライアンの小さな本屋さんが注目されてくるのだと考えます。
インターネットでもパソコン通信でも、とにかくどんな売り方でもいいから、本を全世界に向けどんどんとアピールし、ガンガンと売っていくという姿勢が今の出版界には大切だと思うのですが、よく編集者の方に「吉村君、現実はそんなに甘くないんだよ」と叱られます。